Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

  “陽だまり ほかほか”
 


この秋はなかなか暖かなままに深まったが、
それでも暦がここまで進めば、山々も赤や黄色の錦で鮮やかに彩られ。
木守りに残した柿の実の橙がいや映える、空の青の高さも増して。

 “萩の花もそろそろ見納めだねぇ。”

持ち主がずぼらだからか、あまり手入れの入らぬまま、
雑多な木々が生い茂る小山の雑木林は、
随分と人里から至近にあるにもかかわらず、
ずんと濃度の高い精気をたたえており。
小さな精霊たちのみならず、
土地神さえ顔色を伺うような覇力を持つ、大邪妖までもが余裕で居座れるほど。

 “まあ、躍起になって獲物を狩る必要は感じないわな。”

気に入りの楢の木の高み。
水平に張り出した枝の上に、その精悍な躯を危なげなくも悠々と横たえて。
縄のように綯われた髪を垂らした頭、手枕に乗っけたまま、
のんびりと秋の陽を浴びている彼こそは。
ここいらの山野一円に住まう、蛇らを束ねてござる存在、
大地の精霊たちの中でも一際強い威容を持つ大総帥。
阿含という名の大邪妖様だったりし。
見かけはまだまだ青二才といった風情の、
若々しい壮健な肢体風貌を保っておるものの、
京の都どころか、この近畿の地に人々が住み始めるよりずっと前から、
付近一帯を治めての、霊気を制御していたというから推して知るべし。

 “そんでも、人って生き物の逞しさには恐れ入ること多かりし、だけどな。”

霊力もなければ寿命も短い。
何も潜まぬ夜陰に怯え、仲間うちの心をも疑う、何とも小心な輩ばかりだってのに。
気がつきゃ、随分と偉そうな街を開墾していたり、
荒れ狂う海を、翼もないのに渡って越えてみたり。
一人の一世では叶わぬことでも、粘り強くあたっての、形にしてしまう、
自然さえも制覇してしまう根気は大したもの。
とはいえど、

 “それが歪むと、手がつけられんようにもなっておるようだが。”

人の執念やそれが転じた怨念の、昏くて重い暗渠の深さには。
そういうことの象徴にされることの多い蛇神様でも、
お手上げな例が多すぎて。
一体どこまで、欲という名の業
ごうを深めれば気が済むのやら。


  ……………などなどと。


取り留めなく思惟の波間にたゆとうての、
のんびり日向ぼっこを堪能している彼ではあったが、

 “………お。”

伏せていた目許を片方だけ開けての、何かに気づかれた模様。
厚手の作務衣のような、濃色の道着の上下に包まれた、
上背のある重厚な躯を、うう〜んとゆったり伸ばしてから、
ひょいと身を起こした彼のお耳へと届いたのが、

 「や〜の。離してよぉ。痛いたい〜〜〜。」

何とも幼く甘い響きの、ヒヨドリのさえずりのようなお声であったりし。
ご本人は何にか必死で抗議しているらしいのだが、

 “な〜にしとんじゃ、ありゃあ。”

サンザシ、いやいや、ただのツゲの茂みに、
ふかふかのお尻尾のどこかを引っかけたらしく。
ゆるめぬまま無理から進もうとしているばかりなので、
一向に外れてくれないというところ。
うんうんと頑張って引っ張れば、いつかは外れると思っているようだけれども、

 「そんなしてっと、尻尾がちぎれてしまうぞ、おい。」
 「あっ、あぎょんっvv

遠歩を使や、結構な距離も一瞬で縮まる。
豆粒みたいに見えてたおチビさんが、
大きなドングリ目を潤ませてたらしいのが判るほど、すぐの間近まで近づいてやり。
ど〜らと手を伸ばして引っかけていたところを緩めてやれば、

 「はや。やっと取れた。」
 「………あのな。」

自然に解決したことだとするか、お前はよ。
説教するよな柄じゃあないが、一言二言、突っ込むべき展開で。
だってのに、

 「あぎょん、遊ぼvv
 「う…。」

よっぽど低く屈み込まないと、視線が合わないほど小さな坊やなのにね。
ちっとも自分を怖がらないから困ったもんで。
細い質の甘栗色の髪、頭の後ろへ高々束ねて、
あわせに袴なんていう恰好の、人のなりへと化けられる仔ギツネ。
実は天狐だとかいうから、飛び切り神聖な存在のはずだのに、
こちとら陰体、邪妖へ向けて、
目許を細めての“にゃは〜〜〜vv”なんて、
無邪気に笑ってくださる屈託のなさだったりし。

  ―― 何だよ、珍しいな。
      そお?
      トカゲ野郎とかに叱られねぇか?
      う〜っと?

なんで?と小首を傾げた仔ギツネ坊やだったけれど、
こちらは蹲踞なんていう、中腰姿勢のまんま、
じぃ〜〜っと見やって差し上げれば、

 「…あぎょん、もうすぐネンネでしょ?」
 「あ?」

とんと、もみじみたいな小さな手を置かれた膝頭をそのまま真下の地について。
片膝立てたような恰好になった阿含の、
少しばかり降りて来た懐ろへ、ふわり、甘い感触が擦り寄って来。

 「とと様が、さむさむになったら あぎょんはネンネって。」
 「…ああ。冬籠もりのことな。」

羽二重餅のような、つついた指先がどこまでも埋まってゆきそうな。
そんな柔らかさが見ただけで伝わる頬が、こうまで間近になったことへ、

 「…? うに? あぎょん、どしたの?」
 「いやいや、何でもねぇ。」

おっと危ねぇ、見とれちまってた。
こういうのって、向こうから懐かれたことがなかったから。
きっと触るには手加減が難しいに違いない。
でもって、手の内へぎゅうっと、懐ろにきゅうっと。
ずっと抱えたままでいられたら、きっと心地いいのだろうなと。
思いはすれど、自分には縁のないことと思ってた。

 「???」

まじっと見つめてくる深色の眼差しは、何か言いたげ。
でもでも、何にも言ってくれないものだから。

 「あぎょん?」

小さなお手々が伸びて来て、お兄さんの頬をぴとぴとと撫でる。
途端に ぱちぱちって瞬きしたのは嫌だったからかな?
うやや?と小首を傾げると、
頬っぺにつけたままだった坊やの手を、上からそおっと捕まえて。
ちょっぴり自嘲が滲んだそれだったけど、小さく小さく笑った大邪妖様。


  ―― 何も完全に寝つくわけじゃねぇからよ。

      はや?


どっかの誰ぞが、ちょくちょく起こしに来た冬もあったしな。
今度は楽しげに くくくと笑って、
小さな仔ギツネさんの丸ぁるい頭を撫でて差し上げ、

 「だから。いつだってこんな風に遊びに来いや。」
 「いいの?」
 「ああ。けど、雪や氷雨が降ったら辞めときな。」
 「うん♪」

さむさむは苦手。だからの冬籠もり。
でも、こんな小さなかあいい子が来てくれるなら、
少しは平気だと思うから。
そうと言った蛇の邪妖のお兄さん、大きな手で指切りまでしてくれて。
やったvv 良かったvv
寸の足りない手足をぱたぱた振り回し、
きゃいきゃいとはしゃぐ くうちゃんだったけれど。
その報を持って帰って、
果たしておとと様はいいお顔をしてくれるのでしょかねぇ?
(苦笑)
秋の木立はただたださわさわ、木葉の音で優しく囁くばかりでございます。






  〜Fine〜 07.11.26.


  *お館様は間違いなく、お腹抱えて笑うに違いない…へ、10万点!

  めーるふぉーむvv めるふぉ 置きましたvv お気軽にvv

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